コミュニティの中で

著者:プレイバック・シアター研究所 羽地 朝和
掲載:2002.12.1 日本心理劇学会第8回高知大会 シンポジウム

1-1 はじめに

みなさん今日は、本日は日頃私が様々な領域でプレイバック・シアターを行ないながら考えていることをお話しようと思います。
またちょうど3週間前にプレイバック・シアターの創始者ジョナサン・フォックスのトレーニングに参加して、彼といろいろなことを話す機会がありました。そこで再確認したこともありますので、それらも含めて「コミュニティの中で」というテーマでこれから話をします。

1-2 まず最初に

まず最初に、私はここではふたつのねらいを持っています。

1.ひとつは、サイコドラマやプレイバック・シアターその他の方法を含めた、広い意味での心理劇が、「コミュニティの中で」どのような役割を果たしうるのか、それについて考えてみたい、ということです。

2.そしてふたつ目には、みなさんにプレイバック・シアターについてより良く知っていただきたい、ということです。プレイバック・シアターはそもそもどのような目的で生まれたのか、創始者のジョナサン・フォックスはどのようなプロセスを経てつくりだしたのか。
そして現在では世界中のどのような領域で行なわれ、これからどのようなことを目指しているのかをご紹介します。

2-1 なぜ「コミュニティ」なのか

まず、プレイバック・シアターとコミュニティとの関係ですが、そもそも、プレイバック・シアターはコミュニティに対するアプローチとしてうまれました。ある意味でSocial Change 「社会の変革」を最終的に目指している、と言ってもいいでしょう。
このことについてはまた後ほど触れたいと思います。

最初に私がプレイバック・シアターの中で「コミュニティ」という言葉を意識したのは、ジョナサン フォックスが主催するNYのスクールオブ プレイバック・シアターで学んでいた時のことです。そこには、世界中から実践家たちが集まってきて、ともに学びます。

アメリカ本国はもちろん、南米、オーストラリア、ニュージーランド、アジア、そしてヨーロッパなど世界各地から参加者が集まるので、セッション中はもちろんですが、共同生活の中で幾度となく、日頃考えていることや自分たちが悩んでいることを語り合います。
その中でよく出てきた話題が「コミュニティにどう役立つか」「コミュニティにどうアプローチするか」とうものでした。

また講義の中でジョナサン自身の口からも「コミュニティ」もしくは「コミュニティスピリット」というような言葉が何度もでてきたのです。
そのテーマの話し合いの時は、私は話題についていけず、意見を言えなかったことを覚えています。
そのころはまだ、プレイバックの中で「コミュニティ」というものを意識していなかったからです。

そして、コミュニティの為に自分たちに何ができるかと、熱く論じ合う仲間の中で、単に手法や技術を学びにきていた私はショックを受けました。そして自分自身はいったいプレイバック・シアターを通して何をやりたいんだろう、と考え始めるきっかけとなったのです。

私がコミュニティというものを意識したのはこの頃からですが、次にプレイバック・シアターについてより理解していただく為に、プレイバック・シアターがどのようにして誕生したかお話ししましょう。

プレイバック・シアターはジョナサン・フォックスが「コミュニティの中で、人と人とのつながりをはぐくむ場」という理想のもとに創りだした即興演劇のひとつです。
今では、多くの実践家たちによって、様々なアイディアや表現方法がうみだされ、世界中のいろいろな領域で活用されています。

「コミュニティの中で、人と人とのつながりをはぐくむ場」というアイディアは、もともとジョナサンが若い頃から模索しているテーマでした。
そして彼はこの様な場をどうやって創りだしていくかを、いろいろなところで探し求めていたのです。ハーバード大学で文学を学んでいた時は、口伝えの物語の研究をし、古典伝承物語がコミュニティに対して果たしていた役割の中に関連するものを見つけました。

また、大学卒業後にネパールの農村で生活した時には、村 の中で定期的に行なわれる語り合いの集いに、自分が求めていることのイメージを重ねていたようです。そのような経験をへて、彼が最終的に戻ってきたのが、なじみのある劇の世界だったのです。

2-2 劇が持つ要素

もともとジョナサンは子どものころから演劇に慣れしたしんでおり、彼の父親は大恐慌時代に政府から援助をもらって演劇を続けていたという根っからの役者だったそうです。

しかしジョナサンは演劇界特有の競争意識や自分をいかに良く見せるかといった風潮になじめなくなり次第にそこから遠ざかっていきました。

しかしながら、ジョナサンは演劇が社会の中で果たして いた役割にはずっと興味を持ち続けていました。

そして、古代から近代まで演劇が果たしてい たこの役割こそが現代社会、少なくとも西洋文明社会では失われてきていることに気づき、そ の大切さを痛感し、様々な実験演劇を試みました。
そして試行錯誤しながら、現在のプレイバ ック・シアターを1970年代中盤につくりだしました。

以上のことからお分かりのとおり、「劇そのものがコミュニティの中で果してきた役割」は、プレイバック・シアターが誕生する うえでの大きな要素のひとつとなっているのです。

その役割とは、人々が集い、ともに笑い、 ともに泣き、そしてともに感動し、価値観や感情を分かち合い、自分たちのつながりや一体感をはぐくみ、目には見えない何か大切なものを共有しあっているという感覚、まさしく共同体 感覚、コミュニティ精神というものをはぐくむことでした。

2-3 劇がコミュニティの中で果たしてきたこと

次に、劇がこのような役割をコミュニティの中で果たしていたことを示す4つの例を紹介しま す。ギリシャ演劇、中世ヨーロッパの宗教劇、アジアの悪魔払いの劇、そして日本における大衆芸能です。

3 ギリシャ演劇

現在の演劇の源流である、ギリシャ時代のギリシャ演劇は、その都市(ポリス)の市民による市民の為のものでした。都市の中心にある劇場で定期的に上演される劇において役者になるの は、普段は大工や石切り職人、パン職人などの普通の人たちです。

そしてもちろんそこに集う 観客たちは都市に住んでいる人々です。悲劇や喜劇、もしくは都市の誕生の逸話や、祖先の英雄たちの伝説を通して、価値観や自分たちのアイデンティティの根底にあるつながりを分かちあい、伝承していました。

1.中世ヨーロッパの宗教劇
西洋では、中世になるとコミュニティの価値観や社会規範をつかさど司っていたのは宗教、キリスト教です。町の中の教会が、人々が定期的に集い、コミュニティの一員であることを実感し確認しあう場でありました。

この時代は聖書の中の様々な場面が宗教劇として演じられました。この劇も普通の市民によって、宗教的な行事の時に演じられたのです。

町中の人々みんなが集う儀式や祭りの中心に劇があったのです。そしてその場に共にいることで、コミュニティの一員としてお互いに認め合っていたのでしょう。

2.スリランカの悪魔払い
次に、時代は現代に近くなりますが、スリランカでは、村の中で、例えば幻聴が聞えたり、妄想があるなどといった人が現れると「悪魔払い師」が呼ばれ、村人全員が集まり「悪魔払いの 儀式」として仮面劇が行なわれていたそうです。

さすがに現在では、この儀式は都市部ではほとんど見られないそうですが、地方に行くとつい最近まで、よく行われたいたようです。

もし我々の社会でしたら、措置入院になり、隔離してしまうような人に対して、ここでは村人がその人を中心にして集い、その人にとりついた悪魔を追い払う劇をみんなで夜どうし行なうのです。

時には下品でエロチックな悪魔があらわれ、その劇を見て腹を抱えて笑い、ある時は本当におそろしい悪魔が登場したと、みんなで同じ体験をするのです。
そして最後は、とりついていた悪魔が追い払われる場面になり、「悪魔につかれていた人」も村の人たちも、悪魔が去ったことを共に喜び、眠りこけて夜があけます。

このようなコミュニティの中で、他の人と違った行動や違う身体的特徴をもった人が、儀式によってコミュニティの中の居場所が確保される、そんな劇や芸能はスリランカだけでなくインドなどのアジアでは昔から広く存在していました。
しかしながら、社会が近代西洋文明化するに従って、このような儀式はだんだん失われて来ています。

3.日本の大衆芸能
さて、日本ではどうだったでしょう。日本においても大衆芸能としての芝居は、この役割を果たしていました。
例えば前近代の歌舞伎は、町の人たちの出会いと交流の場でした。

江戸時代の歌舞伎は日の出から日の入りまで一日中興行されており、芝居は長時間上演されました。
そのため必然的に幕間の休憩が何度もあり、「幕の内弁当」に象徴されるように、芝居を見ながらの食事はあたりまえだったようです。

町の人々は飲み食いをしながら大いに芝居を愉しみ、ひいきの役者やお気に入りの狂言、はたまた町のゴシップと、共通の話題で盛り上がりました。人々は劇場という場で、歌舞伎という娯楽を通して、コミュニティの中のさまざまな出会いと交流を楽しんでいたのです。

このようなコミュニティの一員という感覚を生み出し、育み、伝承していた劇が、現代社会ではその機能を果たさなくなってしまいました。
そして同時に、社会の中では人と人とのつなが りが希薄になり、地域社会というコミュニティそのものの存在すらあやうくなってきています。
コミュニティが大きく変化している時代なのでしょう。

もともと、プレイバック・シアターは社会的な必要性から生まれてきています。
よって今日では、このような現代のコミュニティのあり方を反映して、対立する人どうしが共に相手を理解し合う場や、同じ苦しみを持った人たち同士の集まり、などで使われています。

3-1 世界の今日
実際にプレイバック・シアターがコミュニティの中で行なわれている例として、アイルランド、アンゴラ、インド、アメリカ、そして日本の例を紹介しましょう。

1.アイルランド
アイルランドのダブリンでは、私とプレイバックスクールで同じクラスだった20代の若い女性が、カソリックとプロテスタントの人が混合しているプレイバック グループをつくり、コミュニティ センターで町のカソリックとプロテスタントの人たちを集めて、お互いに理解し合う場を行つくっています。宗派の違いによる争いが歴史的に続いているこの国で、同じ町の中に 住むカソリックとプロテスタントの人々が一緒に集い、それぞれのストーリーを語りあうこと を、今でも継続して行なっています。
2.インド、アンゴラ
プレイバック・シアターの世界的な指導者の一人、ベブ ホスキンは、Social change のテーマを持って世界中の様々な国でプレイバック・シアターを行なっています。例えば彼女はイン ドでプレイバック・シアターを行なっていますが、インドでは現在でもカースト制度の影響が色濃く社会の中に残っており、カーストが違うと結婚はおろか交流もはばかれるそうです。
そのような社会の中で異なるカーストに属する人たち百数十名が集まり、日頃表現できない気持ちやストーリーを分かちあうことを行ないました。

また、彼女はアフリカのアンゴラでプレイバック・シアターを行なっています。そこでは部族が違うだけで、隣村の人同志が殺しあうという紛争が続いています。紛争から逃れてきた人々の難民キャンプでプレイバック・シアターを行い、現在でも継続して行なえるよう政府に働きかけ、活動を続けているそうです。難民キャンプの中では、お互いに相手の部族に家族を殺された人どうしが一緒に生活をしています。
そして食料すら満足に無いような環境の中で、分かち合い、相手を理解し合うことを行なう困難さと重要さを、彼女は昨年のスクールで語っていました。

3.アメリカ
アメリカのワシントンDCでは、黒人の HIV+のリーダーが、同じ病気の人たちを集め、グループをつくり、主にHIVプラスの人たちの為のイベントを町の中で継続的に行ない、同じ苦しみを背負っている人のコミュニティづくりをしています。

4.NYのテロ事件後のソシアル トラウマの為に
また、アメリカではNYのテロ事件で、多くの人が心に傷をおいました。そのソシャル トラウマを分かちあう式典が今年も9月11日前後に多くもようされましたが、プレイバック・シアターのグループもNYシティの中で、傷ついた人の為のイベントを行ないました。

また、同時期にNY郊外にあるアラブ系の人たちのコミュニティで分かち合いの集いを行なったグループ もあります。

アメリカに住んでいるアラブ系の人たちも、この事件によって傷つき、そして日 頃社会の中では表現できないたくさんの気持ちを抱えています。この人たちにとっても分かちあう場はとても大切です。

ちなみに、この時のプレイバックチームのメンバーは、白人だけで なく、スパニッシュ、アフリカン アメリカン、ラテンアメリカンの人たちと、肌の色の違うい ろいろな民族の人によって構成されたチームだったそうです。

以上の例はほんの一握りの例ですが、プレイバック・シアターはどれも個人のパーソナルストーリーを扱います。

個人のストーリーを通して、人と人のつながりを育み最終的により良い世の中を創りだす、つまりSocial Changeを目指しているのです。
(この点が、社会的テーマを 扱い、直接Social Changeを目指すBoalのtheatre of the oppressed との方法論上の大きな違いです。 ただ両者が最終的に実現しようとしていることは基本的に同じだと、私は思います)

日本ではsocial changeを主要なテーマとして意識して行なっているプレイバック・シアターは、今のところそう多くはありません。
しかし、実際にはひとつひとつのプレイバック・シアターはそれぞれ社会の中で行なわれているわけですし、意識している、していないにかかわらず、社会に対するいろいろな役割を実は果たしているのでしょう。

4日本では、私は主に次の領域でプレイバック・シアターを行なっています。
医療、福祉、 学校、ビジネス界、芸術分野、冠婚葬祭、など、「語ること」「分かち合うこと」「表現すること」を必要としている様々なところで行なっています。現在実施している例をいくつかご紹 介しましょう。

a.私はいくつかの精神科のクリニックや病院でプレイバック・シアター行っていますが、運営方法や枠組みやねらいは様々です。
運営のスタイルとしてはおおきくふたつに別れます。ひとつは、演じる役者も参加メンバーが行なうワークショップスタイルです。
そしてもうひとつは、熟練した役者チームが劇を演じ、参加者は語り手と観客のみとなるパフォーマンススタイルです。

どちらも違った良さがありますが、どのような枠組みやスタイルで行なうにしろ、その場の全員で様々なストーリーや気持ちを分かちあい、お互いのつながりを大切にするという根っこのところは変わりません。

実際には、福岡の川谷医院で諸江先生、平田先生と一緒にプレイバック・シアターを行なっています。

ある日、辛いストーリーが続けて語られた最後に、参加者のひとりが手をあげて、次の感想を述べました。
「つきつめていけば、人の辛い体験は違うようでいて、どこかつながっているような気がする」と。

悩みや苦しみを持って診療に来ている患者さんにとって、自分たちが抱えているもの、感じていることを安心して表明でき、それが共に分かちあわれことで、 強い一体感が生まれたようです。
同じ苦しみを分かってくれる人がいる、一人ではないんだ、 という実感を持つことで、苦しい自分にしか目がいかなかった「孤独な私」から、みんなどこ かつながっている「仲間の一員だという私」へと意識が変わったようです。

b.福祉領域では、精神障害者の地域作業所や老人保健施設などで行なっています。

c.自助グループや同じ苦しみを持った人たちの集まりでプレイバック・シアターを行なうこともあります。
不妊症の方々が集うイベント、アルコール、薬物、共依存などのアディクションの人たちの全国大会で行ないました。

d.学校では、大学、高校、中学校、小学校それぞれで行なっています。特に小学校低学年生とのプレイバックは、楽しく私は大好きです。

e.冠婚葬祭としては、結婚式の披露宴で何度かプレイバック・シアターを行ないました。 また、故人の家族や友人たちが主催して、不慮の事故で亡くなった方の一周忌の行事としてプレイバ ック・シアターを行なったこともあります。

f.その他、企業研修や人間関係トレーニングとして活用されていますし、舞台芸術や楽しい娯楽としても行なわれています。

5-1 最後に、最近ジョナサンが明文化した「プレイバック・シアターの基本的価値観」には、プレイバック・シアターのコミュニティに対する見方や、これから目指していることが示唆されていますので、紹介します。

 プレイバック・シアターの基本的価値観 -Basic values of Playback Theatre-

  1.私たちはみな、価値あるストーリーを持っている
   We all have a worthwhile story
  2.コミュニティとして、私たちには知恵がある
   As a community we are wise
  3.誰もが、創造的なアクターである
   Everyone is creative actor
  4.コミュニティ精神と肯定的にそこに参加する気持ちは、変革をうみだす
   Community spirit and a mood of positive participation is transformational

という4つです。

5-2.プレイバック・シアターを通して、本来劇が持っている、「コミュニティのなかで人と人とのつながりをはぐくみ、そしてコミュニティそのものを育んでいる」という役割を大切に して、共に笑い、共に悩む場をこれからも、提供したいと思います。

以上で話をしたいことは全てですが、ここで7年前に東京で開催された日本心理劇学会 第1回大会で、高良先生が行なった全員参加のソシオドラマを思い出しています。その時に10年後、20年後の自分たちの姿のドラマを作りました。

私はどこかの地方のお祭りで、プレイバック・シアターを村の人々と行なっているシーンをつくりました。 私がとっさに思いついたその場面は、村の人たちも芸人たちも一緒になって笑い転げ楽しんでいる、そんな光景でした。

まさしくこれこそが、私が目指し、私が大切にしたいことだったんだなぁ、と、改めてこの第8回の高知大会で、自分自身の原点を再確認することができました。このような機会をいただき心か ら感謝しています。ありがとうございました。