企業教育で自己肯定感を育む ― プレイバック・シアターの活用

著者:プレイバック・シアター研究所 羽地 朝和
掲載:産労総合研究所 「企業と人材」 2008年2月20日号掲載文

新しい教育ニーズが生まれている

昨今メンタルヘルスの健全性を高めることが企業の経営課題の一つとして重要視されはじめている。
また、人材の確保と定着が難しい今日では、人がいきいきと働き、仕事を通して自己価値を高められるような組織でないと、利益を生み出せないだけでなく、存続発展すら危うくなってくる。

そのような中で、組織活性化やメンタルヘルスのコンサルティングを手掛けていると、組織の中で知識やスキルのある人だけが良いパフォーマンスをあげているかというと必ずしもそうではなく、良い成果を出している人やチームは知識やスキル以外の「何か」を持っている。
またうつ病やその予備軍が多い組織は、そうでない組織が持っている「何か」が欠けていることに気がつく。

これまでの企業教育は知識やスキルを身につけることを中心に行ってきたが、それだけでは対応できないこの「何か」を組織内に生み出すことが、新しい教育ニーズとして今日浮びあがってきているように思える。

これから紹介するプレイバック・シアターが、本来企業教育の手法として開発されたものではないにもかかわらず、企業教育で活用されることが多くなってきた理由は、それがこの新しいニーズに応えられるものだからであろう。

本稿では、コミュニティシアターとして誕生したプレイバック・シアターについて紹介し、そして企業における活用について述べさせていただきたい。

 

プレイバック・シアターとは

私は企業研修の仕事を生業とする傍ら、プレイバック・シアターを10数年間、社会の様々な領域で行っている。

これまでは精神科医療でのグループセラピー、福祉領域ではレクリエーションや社会復帰支援、学校教育では学級崩壊クラスの支援、社会性のあるテーマを扱ったコミュニティワーク、国際交流や異文化間の相互理解などで主に活動してきた。そしてここ最近では企業研修の中で行うことも増えている。

これはプレイバック・シアターが生み出している、自分が自分らしくいながら他者を認め、より良い関係を構築することやコミュニティ(組織)に対する帰属意識を高める、といった要素が、今日の企業の中でも必要となってきたからであろう。

プレイバック・シアターは参加者の本人が経験した出来事(ストーリー)を、劇を通して全員で共有する演劇的手法である。

その場にいる一人が語り手となり、自分のストーリー(経験した出来事)を語る。
苦労した出来事や成功した体験、なぜか心に残っている経験など、ストーリーとして語られることは様々だ。
時に自分の将来の夢が語られることもある。語られたストーリーを役者(アクター)になった人が即興の劇でその場で表現する。
表現されたストーリーはその場の皆に分かち合われ、そしてまた語った本人に戻される、というのが基本的な流れになる。

役者を担当するのは、プレイバック・シアターのアクターとして熟練したスタッフが行うこともあるが、企業研修で行う際は、なるべく参加者に役者を担当してもらうようにしている。演劇経験のない一般の人が即興で演じるのは無理があると思われるかもしれないが、その点はウォーミングアップやファシリテーターの進行によって、無理なく演じることに集中できるようになる。

実際には、この即興劇に至るまでのグループの一体感をつくるエクササイズや、役者(アクター)として自発的に表現する為のウォーミングアップ、即興劇の後の感想を述べ合うシェアリングなどのクロージングセッションを含めた全体をプレイバック・シアターと呼んでいる。
そして実施時間やねらい、参加者人数などによって、他の手法を組み合わせるなど、柔軟にプログラムを組んで実施している。

しかしどのようなプログラムで実施するにせよ、基本的に参加者が自ら考え、気づき、相互に援助し合い、より良い方向性を見つけ出す参加者中心のグループワークであることには変わりない。

プレイバック・シアターは、創始者ジョナサン・フォックス(Jonathan Fox)が1970年代に「コミュニティのなかで、人と人のつながりを育む場」という彼独自のアイデアをもとに創りだした演劇的手法である。

現在私たちが触れる演劇の多くは商業化され「特別な人がやるもの」となっているが、本来演劇は様々な人間の営みの中にある真理をコミュニティの中で共有し合い、人と人のつながりを育む大切な役割を担ってきた。
これはギリシャ演劇から江戸歌舞伎、村芝居などを見れば明らかだが、ジョナサンはこの演劇が持っていた本来の役割を現代社会に蘇らせることを目指して、プレイバック・シアターを創始したのである。

私はジョナサンの元で指導を受け、以後社会の様々な領域で実践しているが、適用範囲は大きく分けると次のように分類できる。

 

 1.医療
  精神科クリニックでのグループセラピー、グループカウンセリング、子どものセラピー

 2.福祉
  高齢者施設での回想療法、精神障害者地域作業所でのレクリエーション活動

 3.学校教育
  大学(日本大学芸術学部演劇学科、聖心女子大学教育学科、山梨県立大学看護学部、
  沖縄国際大学教職課程)、
  学生相談室、中学校、小学校の授業、PTAの会合

 4. 産業界
  企業研修、職場のチームビルディング、プロジェクトチームのチームビルディング

 5.芸術分野
  舞台芸術、即興パフォーマンス、エンターテイメント

 6.冠婚葬祭などの行事
  結婚式の行事、一周忌の法事の場、様々なお祝いの行事や記念行事、退職記念の送別会

 7.異文化の相互理解
  様々な人種、国籍、宗教、思想、考え方を持った人々の相互理解を深める場。
  2007年はミャンマー、韓国、フィリピンで実施

 

企業教育への活用

企業教育の中でプレイバック・シアターは実際にどのように活用されているか。
集合研修は学習方法と学習材料によって知識研修、スキル研修、気づき研修、ファミリー研修の4つに分類できる。
 (1)知識研修 講義を通して業務に必要な知識、情報を習得する研修。
 (2)スキル研修 業務に必要なスキルを身につける研修。
実際にスキルを身につけ、できるようになるために、講義だけではなくやってみる【体験する】ことが必要。
 (3)気づき研修 自己理解・他者理解を深める。
学習の材料が自分自身となる研修。TA等の心理学的手法や体験学習などのグループワークが用いられる。
 (4)ファミリー研修 職場やチームなどのチームづくりを目的とし、
実際の現場での業務プロセスやチーム内での課題、対人関係のあり方を扱う。
プレイバック・シアターはこの中の気づき研修、ファミリー研修のような、自分自身および自分たちをテーマにした研修に有効である。
またリーダーシップ研修のようなスキル研修に「自分自身のリーダーとしてのあり方」をねらいとして導入されることもある。

演劇的手法の活用は、知識や頭での理解だけではなく、身体経験と感情体験を通して学ぶことができるのが特徴だ。実際私たちの社会生活や人間関係は内面の感情から大きな影響を受けている。

例えばある研修で、参加者のひとりが職場でウマが合わずどうしても信頼できない先輩社員と仕事上でかかわることが大きなストレスとなり、それが原因で職場内のコミュニケーションがギクシャクしている、というテーマをストーリーで語った。
お互いに信頼し合ったり、信頼できなかったりという感情レベルで起こっている体験をプレイバック・シアターでしっかりと扱うことで、自分の感情が整理され、最後にその人は自分なりに納得した解決策を見つけ出した。

私たちの業務上の関係の根底には情報のやりとりのコミュニケーションと並行して、感情をともなった人と人のかかわり合いがある。
このかかわり合いがオープンなコミュニケーションや風通しのよい職場風土、信頼関係などの組織活性化を生みだす要素に直接影響を与えている。

プレイバック・シアターを企業研修で行うことで期待できる効果は次の1つにまとめられる。

1.自分の事を違う視点で見直す

実際の出来事を劇として見ることで、本人はその経験を客観的に見直し、自分の立場でしか捉えていなかった経験を新たな全体的な視点で捉え直せる。また他者を演じることで自分とは違う立場の人の経験をリアルに体感できる。

ある研修では、扱いにくい部下との対応に悩んでいた管理者が、若手社員の役を経験することで、部下の気持ちを理解することができた。

2.肯定的な価値観を身につける

プレイバック・シアターは非常に肯定的なアプローチだ。
この中で語られたストーリーは、評価や批判を受けることなくそのまま受け止められ表現される。肯定的に受け止められることで、本人はその経験の本質を自ら掘り下げるようになる。
また演劇経験のない人が即興の劇ができるようになるまでに、肯定的な考え方、行動、相互関係を育む実習を数多く実施する。そしてお互いに援助し合いながら即興で劇を創りだしていく。

「劇なんかとてもできない」と言っていた参加者が、お互いに助け合いながら劇をつくり、成功体験をすることで達成感と自信を得て、「やればできるんだ」という肯定的な価値観を身につけていく。

3.チームの信頼関係づくり

劇づくりはお互いの信頼関係がないとできない。
特に即興劇は打ち合わせやリハーサル無しに行うので、お互いのあうんの呼吸と相互に信頼し合い躊躇なく行動することが必要になる。
これによって成熟したサッカーチームの見事なパス連携のようなチームワークを経験することができる。

この経験から人を信頼することの大切さや、そこからの達成感、チームワークづくりなどを学ぶことができる。

4.創造性の開発

即興で劇を創りだすことは極めて創造的な行為である。
まず自分のインスピレーションを信じ躊躇なく一歩を踏み出し、そこから生まれたことをさらに発展させて表現し、そして他者の表現と組み合わせて劇を創りだしていく。

他者と協力して無から新たなものを生みだす面白さを経験することで創造性が開発される。
またプレイバック・シアターでは様々な色の布を小道具として使って、物や感情などいろいろなものを表現する。
劇に対して苦手意識を持った参加者が多い場合でも、この布を使った表現の実習を行うと、色や質感からイメージを広げることで無理なく表現することの面白さが実感でき、抵抗感がなくなるようだ。

5.未来像を実感でき、目標が具体的になる

通常の研修では自分の目標を書きだすことをよく行うが、プレイバック・シアターではそこから一歩進んで自分の未来像を具体的に描き、それを劇で目に見える形にすることで、未来の自分の姿を実際のものとして眼に焼き付けられる。
参加者からは「漠然とこんな感じかなと思っていた夢が、実感がともなった具体的目標となりました」という感想がよく出てくる。

目標達成が実感できると、現場での行動の第一歩に対するモチベーションが高まる。

6.職場開発、社内ネットワーク、帰属意識の醸成

信頼関係や相互援助、相手に自分を委ねる体験を通して、参加者間に深い結びつきが生まれる。
この結びつきが研修後も継続し、社内でのネットワーク作りに役立っていることもある。これらの社内ネットワークがひいては組織に対する帰属意識を育んでいるように思える。

また職場開発研修で実施したケースでは、研修後に職場内のコミュニケーションがオープンになり、相互関係が促進された。

 

企業研修の具体例

事例1 T社 メンタルタフネス研修 【図表2】


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カフェテリア方式のプログラムの一つとして参加者が自分で選択して受講する2日間研修。ストレスの多いビジネスライフの中で、成熟した人格を形成し、しなやかで強い心を育むことを目的としている。

 

事例2 M社 入社3年目一般職フレッシュ研修 【図表3】


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階層別研修の入社3年目一般職を対象とした2日間研修。2002年より社内講師が毎年実施している。1日目は仕事力を磨くことをねらいとしたスキル研修。2日目は個人力を磨くことをねらいとしてプレイバック・シアターを実施。

 ≪担当した社内講師のコメント≫
若手一般職は、他者に対する配慮や気配りはできますが、どちらかと言うと控えめで内気な女性社員が多いので、達成感と自分に対する自信を身につけてくれることを期待して2日目はプレイバック・シアターをまるまる行っています。
本人達は「できない」と思ったことができたことで達成感を得て、今までにない自分自身に出会えた驚きと喜びを感じていました。
プレイバック・シアターは、最近流行の言葉で言えば、空気を読む力が醸成されます。それは相手を理解しようとする気持ちが高まるからです。

 

事例3 S社 若手社員パワーアップ研修 【図表4】


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製造現場で働く入社5年目の一般職社員を対象にした研修。始めの2日間は体験型リーダーシップ研修と3日目にQC手法研修。

4日目のコミュニケーション能力強化と目標設定の部分にプレイバック・シアターを導入した4日間の研修。

 ≪研修担当者のコメント≫
製造現場で働く入社5年目の社員は定常的な決められた仕事はできるようになっており、それなりに自信も持ち始めている時期ですが、まわりとのコミュニケーション不足や中長期的ビジョンを持てない社員が少なくないのです。
最終日の目標設定で、将来なりたい自分の姿を劇にして見せたところ、漠然としていたイメージが具現化できたという意見を多くの社員から聞きました。
日常は機械や設備に囲まれた若い社員が心を扱うプレイバック・シアターに馴染むか心配していましたが、思っていた以上に積極的に参加してくれ、活気のある時間となり、同期の仲間と一層親密性が深まったと思います。

 

自己価値を高める組織づくり

企業内でプレイバック・シアターを実施するうえで重要な点がある。

プレイバック・シアターはある決められた答えを誘導するのではなく、あくまでも本人の自発的な気づきを主体とし、答えは参加者自身が見つけることを目的としている。
学びの結果や答えをトレーナーが押し付けず、参加者本人が持っている能力や知恵を最大限に使って新たな可能性を見つけだす場となる。だからこそ深い気づきが起こる。

また、これはあらゆる体験学習の手法に共通していることだが、参加者の自発性と創造性を引き出すトレーナーのファシリテーションスキルが研修成果を左右する。また個人の体験と感情を安全に扱う場づくりがトレーナーの大切な役割となる。
そのため、プレイバック・シアターを行うにはトレーナーはしっかりとしたトレーニングを積むことが必要だ。

先の事例2の研修を実施した社内講師は、私が担当した研修でプレイバック・シアターを経験したことから興味を持ち、トレーニングを積み重ね、現在では私の研修を引き継ぎ、プレイバック・シアターを様々な研修で活用している。

本来コミュニティづくりを目的として生まれたプレイバック・シアターが企業教育にも活用されるようになったのは、企業が社会に貢献することで利益を生みだすと同時に、人が自分の存在価値を育み、他者と支え合い共に人生の一部をすごすコミュニティとしての役割も担っているからではないだろうか。

企業は人なり。社員がいきいきとやりがいを持って働き、自己価値を高める「何か」がある企業こそが、人が定着し、育ち、そして成果を出せる。プレイバック・シアターの活用は、そのような組織づくりに大いに役立つ。