連載☆2017G.W.合宿~序章 ファシリテーターの対話(1)〜

2017年も昨年に引き続き岩橋由莉さんをお迎えして、埼玉の秩父で2泊3日のワークショップ合宿を開催します。
都会の喧騒を離れ、自然が溢れる秩父でおもしろいことやります。
ファシリテーター同士、いつもと違うことをやってみます。
これから合宿までのプロセス(対話: 岩橋由莉 × 羽地朝和 +たまに事務局 )を皆さんと共有しながら進めてまいります。

合宿の幕は切って落とされました!

 

序章 〜ファシリテーターの対話(1)〜

宿について、岩橋由莉さんとスタッフ筒井とどんな内容にするか打ち合わせをしています。この打ち合わせのプロセスがまた楽しいのです。

今回の合宿は、このファシリテーターが話し合うプロセスを合宿中に参加者のみなさんと共有しながら進めます。由莉さんと私、二人のファシリテーターがやったことを振り返り、何が私たちのなかでおきているのか、そしてこれからどう進めるかをオープンに対話をする、オープンダイアログを試みます。

ファシリテーターは何を見て、どう感じ、どのような判断をして場を進めているのか、それをどこまで言語化できるか。楽しみです。

僕のプレイバック・シアターや由莉さんのワークの振り返りをどうやっていくのか、参加者のみなさんの感想やフィードバックを受けることでどうるのか、
なんだか
まだ見ぬ行ったことのない未知の国を旅する気持ちです。

ー羽地 朝和

 

地さんから今年もまた合宿を一緒にしましょうとお誘いを受けた時
うれしい気持ちと同時に,この人は何が面白いと思って私を誘うのかなと不思議になりました
まず、羽地さんに聞いてみたいのは、それです
何か化学反応のようなものを期待されてるのかしら?
だとしたらご自身と私をそれぞれどう見立てられてるのでしょう?

昨年の8月から月に一度、中目黒の場所をお借りして「音・聴・感探究ゼミ」ワークショップを開催させていただきました

私のワークショップは目的を言語化することはありません
言語化したとたんに皆が正解を探すようにそこに向かっていくのはつまらないからです

ゼミではどんなワークになるのかわからないながら、でもテーマとしては音に関すること、聴くこと、感覚を使うことをやる、それだけを決めました。

手法はその時の人数や天気、場所によって違います

11月に冷たい雨が降った時には、来た人が全員「動きたくない」という言葉で始まりました。動きたくないのに来てくれた奇特な方たちとスローに始まったワークショップは、「やらねばならないことで身体を動かす」ことをやめて、動きたくなければ途中で止まってもよし、ということと他からの影響で動かされてみる、という発想になりました。

これらは参加者の方たちに引っ張られるように展開しましたが、実は私のやりたいことでもあったと思います

「わたし」はすべて「わたし」が動かしているというのは幻想で、我々は常に「なにか」に動かされている存在なのではないか

私のワークショップはそんな仮定をもとに即興で組み立てられているものなんだろうと思います

近松門左衛門が芸術論で「虚実皮膜」・・・虚構と事実との微妙な境界に芸術の真実があると言いました。

こういった境目に私はとてつもなく美しさを感じてしまうのです

それは時として安心の場ではなくなりますが、その美しさが見れるのならば、その安心を多少犠牲にしてその境目に皆と行ってみたい、行ってもいいのではないかという気持ちがいつもあります

一方羽地さんのプレイバック・シアターのワークショップでは、常に安心で安全な場であることに私は絶大な信頼をおいています。自分よがりな場ではなく、常に来た人が心地よく過ごせるように心配りがされている、そんな場で、いつもとても気持ちいいです

それは私にはとうてい作れるものではないので、羽地さんと組む時は安心で安全な場は任せて、わたしはできるところまで遠くに行ってやろう!という気持ちに自然となります

もしかしたらそうさせてくれていたのでしょうか?
でも、今回は「手法もテクニックも脱いで」という提案をいただきました

もしかしたら羽地さんも遠くに行こうとしてるのでしょうか?

ー岩橋 由莉

 

序章 〜ファシリテーターの対話(2)〜につづく