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企業におけるプレイバック・シアターの実践と考察~ プレイバック・シアターは企業に何を提供できるのか? ~
プレイバック・シアター研究所 主催 実践リーダー養成プロジェクト 第4期 卒業論文
富士ゼロックス株式会社 人事部人材戦略グループ 組織力強化センター 河野 朝子

—- 当日の流れ -

 さて、いよいよワークショップの実践の中身に入っていきますが、まずは、進行の一連の流れについて説明します。
今回のワークショップでは、コンダクターを羽地先生にお願いし、私自身は、実践リーダーとして、参加者の1人になりながら、ストーリーではアクターを演じました。したがって、そのような役割で参加していた実践リーダーの目から観察したことを振り返っていくことにします。

  当日の流れは、次の表のとおりでした。

【表6:当日の進行】

流 れ

概 要

受 付

18:45~

自由に着席(椅子のみの円陣)

イントロダクション

19:00~

河野よりウェルカムスピーチ
羽地先生のオープニング
名札づくり(シールに呼んでもらいたい名前を書き、胸に貼る)

ウォーミングアップ

19:10~

一人一言(呼んでもらいたい名前で自己紹介、期待していること)

19:30~

マッピングⅠ:心の調子×身体の調子 ~ 小グループでシェアリング

19:45~

マッピングⅡ:ふるさとの地図(東京中心の東西南北で出身地の地図)

19:55~

「私の宝物」(トリオワーク=Aさん、Bさん、Cさん):自分がどんな子供だったか? そのとき大切にしていた私の宝物は何だったか?

ストーリーⅠ

20:20~

※テラーは参加者、アクター3名(全員が運営スタッフ)

ストーリーⅡ

20:40~

※テラーは参加者、アクターは参加者2名と運営スタッフ3名

シェアリング

21:00~

今日まだ話していない人同士で3人の小グループをつくり、全体についてのシェアリング

終 了

21:15

しめくくりの挨拶(羽地先生、河野より一言づつ)


※この流れは、参加者の反応に応じ、企画書で予定していた内容を一部変更したもの(詳細は、後述)

(1)イントロダクション:
 当日の参加者は17名、運営スタッフは私もいれて5名、合わせて22名という、ワークショップとしては、規模の大きいグループでした。
参加者は、人材教育コンサルタント6名、研究開発部門から3名、営業部門から2名、海外担当部門から2名、管理部門から2名、研修の専任講師2名という実にバラエティに富んだ構成でした。
従業員規模200名ほどの会社なので、参加者はお互いに顔と名前を知っている者同士です。

 会場は、私の勤務先にある大きな長方形のセミナールームです。22名がぐるっと輪になり向き合って座れるように椅子を並べても、まだ余裕があるくらいの会場でした。

 受付時間を過ぎると、参加者が三々五々入室してきます。忙しい職場なので、遅刻者が数名出ることは覚悟していたのですが、みな、時間通りに集まりました。あらかじめ興味をもって自ら参加する人ばかりなので、未知のものへの期待といいましょうか、「中身は見てのお楽しみ」の新作映画を観に来たような表情をしていました。

 定刻がやってきたので、まず、私からウェルカムスピーチを行いました。自分が初めてプレイバック・シアターに出会ったときの話、これをやってみようと思った動機などをごく簡単に話してから、「ぜひ先入観なく、どんなものかを皆さん自身で体験してみてください!」と言って、コンダクターの羽地面先生へバトンタッチしました。

 研修講師としての実績も豊富な羽地先生は、いつものように場を安心させる独特の空気をつくりながら、抵抗感なく参加者のエネルギーになじんでいきます。

 挨拶が終わると、ウォーミングアップに入っていきますが、その第一歩が“名札づくり”です。

 プレイバック・シアターのワークショップでは、“今日、呼んでもらいたい名前”を参加者自身がその場で名札に書いて胸につけるということをよくします。「今、親しい人から呼ばれている名前、子供のころ呼ばれていたあだなでもいいです。まったく違う名前でも構いません。今の自分の気分で呼ばれたい名前、自由に書いてみてください」という感じで進みます。

 これは、研修などでフルネーム表示の名札をつけるのとは、目的がまったく違います。単にお互いの名前を確認し合うためのものというより、創造的な自己表現の第一ステップであり、同時に、周囲との新しい関係性を生み出す重要なステップなのです。

 たとえば、今回のように職場で実施する場合、参加者の間には、日頃、何かを提供する側、される側といった協働上の関係性(たとえば、上司と部下)があります。そうすると、ここで行うワークにもそれが無意識に投影され、何らかの遠慮が発生してしまいます。

 そこで、ちょっと創造性を働かせて“呼ばれたい名前”を表明し合うことにより、ここはすでに“職場”ではない、新しい関係性に支えられた非日常の世界となっていくわけです。いわば、日常守っている暗黙の枠組みから解放され、“ニュートラル”な状態になっていく場といえます。

 とくに、「子供のころ呼ばれていた名前」というニュアンスは、大人であっても誰もが奥に秘めている“子供ごころ”をくすぐるらしく、みな、喜々として、「~ちゃん」「~ぴょん」とか、カタカナやひらがなで軽く呼び合える名前に変身していきます。

 この創造性をさらに高めるために、カラフルなマーカーペンをたくさん用意しておき、好きな色で書くように促すと、歓声が湧き起こり、楽しそうに作成します。何も言わなくても、名札に絵を描き加えたり、装飾を施したりして茶目っ気を出す人すら出るほどです。

 このようにして、一気に場の空気が温まってくる中、今度は、参加者の心もほぐしていきます。

(2)ウォーミングアップとしての自己紹介:
 名札づくりの次は、その名前での自己紹介も兼ねて、「一人一言」今の気持ちを語っていきます。今回は、このワークショップに期待していることを語ってもらいました。

 期待を聞いてみて気づいたのは、参加した動機として、チラシにあったキーワードの、「直観」「ひらめき」「感性」「即興性」などの言葉にひかれた人が圧倒的に多かったことです。研修会社の社員さん向けの場だったので、あえて、「ファシリテーションスキルアップ」などのタイトルに仕立てて宣伝していましたが、スキルというより、そちらのほうが関心をそそったようでした。

 コンダクターの隣から順番に「一人一言」を回すのには、ある程度時間もかかりますが、ここでは、何分で、何秒で、などとはあえてガイドしません。それぞれが表明したいことをあるがままに発してもらい、それに必要な時間を提供します。
なぜなら、これは、自分の気持ち、考えをオープンの場で発する第一歩であり、後でストーリーを語ってもらうための大切なウォーミングアップだからです。

 リチュアルについての説明で触れましたが、プレイバック・シアターのテラーは、自身のペースで語ることが許されており、「一人一言」や他のウォーミングアップでも、このリチュアルは同様に適用されているのです。

 これが終わると、いよいよ立ち上がって、グループの状況に合わせたウォーミングアップに入ります。この日行ったのは、ウォーミングアップの定番中の定番、「マッピング」です。

(3)マッピング:心の調子、身体の調子:
 マッピングとは、会場全体を四象限の地図に見立てたとき、自分が今どの位置にいるのか、また、他の人たちはどこにいるのか、そして、グループ全体ではどうなのかを知り合うためのワークです。
地図の四象限の軸は、通常、東西南北ですが、その他にも、参加者の感情、態度、意欲を見られるさまざまな軸に置き換えることができます。

 この日は二つのマッピングを行いましたが、最初のマッピングは、「心の調子×身体の調子」でした。縦軸(北と南)が「心の調子が良い←→悪い」、横軸(東と西)が「身体の調子が良い←→悪い」と置き、軸の端に行けば行くほどすごく良い、 または悪い状態、中心に近いほどどちらでもない中間の状態というルールを共有し、参加者全員でそれぞれが「このあたりかなあ」と感じる位置に立ってみます。

地図の軸をわかりやすくするため、四軸の端に、そのイメージを表す色の布を置きます。
「心の調子が良い」はピンク、「悪い」は水色、「身体の調子が良い」はオレンジ、「悪い」は薄紫色という感じです。

 この日の参加者は、全体的に、「心の調子」も「身体の調子」もともに良い状態を指す位置に分布していました。厳密な再現ではないですが、そのときのイメージを表したのが図2です。

このように、地図上で自分の位置を表すことは、言葉を使わずに、自分の今の素直な気持ちや態度を表明することになり、一人ひとりが徐々にその“場”に目を向け、自分にとってのテーマを考えることを促します。

【図2:マッピングのイメージ】
マッピングのイメージ

また、同時に、そこにいる全員が、お互いの状態を知り合い、心の距離を縮めていくことを促進します。

 ここで、コンダクターは、それぞれの軸の端(エッジ)に近い人数名に、「~ちゃん、ここは、どんな感じの場所ですか?」などと問いかけながら巡回していき、問われた人は、なぜその位置を選んだか、それぞれの事情を自分なりの言葉で一言説明します。

コンダクターは、興味深そうに話を聞いて、相槌を打ったり、気持ちを受けとめたりして進めていきます。
 「~ちゃん、ここは、どんな感じの場所ですか?」
 「えーと、ちょっと腰が痛いんですが、気分は元気かなぁと思って。」
 「え、腰が痛いんですか?無理しないで楽にしながら参加してくださいね。」
 「~ぴょんは、どうですか?」
 「身体は普通だけど、さっき仕事でムカつくことがあって(笑)。」
 「そうですか、ムカついてるんですか!(笑)よかったら、後で劇をやりますから聞かせてください。」
 「~は、ここはどんな位置ですか?」
 「気分も身体も上々です!」
 「そうですか!それは良かったです!なぜそんなに元気なのか、よかったら後で教えてください。」

 このように、気持ちや状態は、みんな、さまざまです。これらの表明によって、一人ひとりの立ち位置からだけでなく言葉からも、ここには、いろんな人がいるんだな、ということがわかり、さらには、いろんな人がいていいんだな、ということを無意識のうちにみんなが感じとって安心していきます。

 グループ全体の状態をみんなで共有し合ったら、立っている位置の近い者同士で3人組をつくり、「最近の自分」について、お互いに語り合います(シェアリングといいます)。 近くにいた者同士は、何らか似た状態を持っているわけで、そのことは、暗黙のうちに、お互いをオープンにすることへの抵抗感を少なくします。

 心の調子や身体の調子がなぜこうなのか、という共通項をベースとして、「最近仕事が忙しくてたいへん」とか、「健康診断になかなか行けてなくて気になっている」とか、「明日の土曜日にはこんな予定があってワクワクしている」とか、一人ひとりがさらにお互いへの理解を深めてきます。

(4)マッピング:ふるさとの地図:
 次に行ったウォーミングアップは、「ふるさとの地図」でした。会場全体が東京を中心とする地図になり、東西南北の軸をつくって、参加者それぞれのふるさとに分布していきます。
「私、山梨県、あなたは?」「僕、神奈川県だから、じゃあ、この辺でいいかな?」「神奈川がここだったら、千葉は、もっと、あっちじゃない?」などと声をかけあって、相互の位置関係を確認しながら協力し合って立ち位置を決めていきます。

 みんなが動かなくなったら、コンダクターは、一人ひとりに「ここはどこですか?」と聞いていき、それで全員の出身地がわかります。この県が多いとか、この地方は誰もいなかったとかは、一目瞭然です。同じ職場にいながらも、同じ出身地だったことに初めて気づいて喜んでいる人もいました。

 このように、マッピングでは、グループ全体についてみんなで知り合い、多様性を認めたり、受け入れたりするのと同時に、共通点を持つ者同士を結びつけお互いの心の距離を縮める(遠慮や警戒心を取り除く)作用を働かせることができます。これにより、この後取り組んでいく、お互いの協力が必要なグループワークを円滑に進めるためのチームワークが育まれるのです。

(5)トリオで行う「私の宝物」:
 通常、マッピングの後は、さきほどのように、小グループでのシェアリングに入る流れが一般的ですが、この日は、「私の宝物」というトリオワークに入っていきました。トリオワークとは、「トリオ」つまり、3人で行うワークのことです。

 まず、「ふるさとの地図」で近くにいた、出身地の近い者同士で3人組をつくって椅子に座ります。3人組の中で、Aさん、Bさん、Cさんの3つの役割を決めます。この日のお題は、自分の幼少の頃、どんな子供だったのかと、その頃大事にしていたある宝物(モノ、動物)の思い出を分かち合うというものでした。

 コンダクターの指示で、まず、Aさんが語り手、Bさんが聞き役、Cさんは観客という役割が振られました。語り手と聞き手が向き合って座り、それを横から観る形で観客が座ります。いわば、劇場の構造を座った形でつくっているといえます。

Aさんは、自分の子供の頃の様子と宝物について話をし、Bさんがそれをじっくり聴きます。話し終わったら、Bさんは、Aさんの語った宝物になりきってAさんに話しかけ、Aさんはそれをじっくり聞きます。このとき、Bさんは、自分が聞いたAさんの状況と気持ちを手がかりに、自分の想像で色づけしながら話を膨らませて語ります。

これが終わったら、Aさんの感想をみんなで分かち合って一人分のワークが完了します。続いて3人の役を交代してBさん、Cさんも「私の宝物」の語り手となって進めていきます。

 私もこのワークに参加していましたが、私はこんなことを語りました。

 人見知りをしない、とてもおてんばだった小さい頃の私。たまに大月のおばあちゃんのうちに行くのに電車に乗ると、吊革にぶら下がって遊んだり、自分の飴と、知らないおばさんの煎餅を物々交換して歩いたりしていた。

その頃の私の宝物は、おじいちゃんが買ってくれた“キャンディキャンディ”のお人形。おじいちゃんと手をつないで、近所にある「レオ」という名前のオモチャ屋さんに行った。
そこで、私が自分で選んで買ってもらったお人形。とてもワクワクしながら選んで、帰り道にとてもはしゃいでいたのを覚えている。とてもやさしかったおじいちゃん。

キャンディキャンディはテレビアニメの主人公で、目がくりっとした笑顔の女の子。髪は外国人らしい金髪のクルクルした巻き毛、それを頭の高い位置で、左右二つに真っ赤なリボンで束ねている。そのお人形でよく遊んだけど、最後にどうしたかは覚えていない。

 それを聞いたBさんは、そのお人形になりきって、こう語ってくれました。

 「私は、レオの中でいろんなおもちゃたちと一緒にいました。誰かすてきな女の子に連れて行ってほしいなぁと思っていたら、あるとき、朝ちゃんが、おじいちゃんに手をひかれてやってきたの。喜んで、ぴょんぴょん跳ねながら、わくわくしておもちゃを選んでいる朝ちゃん。
そんな朝ちゃんをおじいちゃんは、とても嬉しそうにやさしい目で眺めていたよ。私は、ああ、どうか、この子に選ばれますようにって思ったの。そしたら、朝ちゃんが私のことを抱き上げてくれて、とても嬉しかった!朝ちゃんは、おじいちゃんと手をつなぎながら、私のこともやさしく抱いて帰ってくれたよね。
朝ちゃんも、おじいちゃんのこと、大好きなんだな、って思ったよ。朝ちゃんとは、ずいぶんいろんな遊びをして本当に楽しかった。でも、だんだん私が古くなっていくと、朝ちゃん、違うお人形を大事にするようになって、あんまり私と遊ばなくなっちゃって、寂しかったよ。」

 そんな話を聞いていると、本当にキャンディキャンディが私に話しかけてくれるような感じがして、キャンディキャンディとのお別れを思い出せない切なさで胸がいっぱいになってしまいました。
なんだか、その切なさは、小学校5年生のときに亡くなったおじいちゃんにもっと長生きして大人の私を見てほしかったという気持ちと、もっとたくさんあったはずの思い出が今はわずかしか思い出せないことへの寂しさのように思えました。

 役を交代して、今度は、Bさんの「大切な本」のお話を聞いたり、Cさんの「大切なテープレコーダー」役をやったりして、「私の宝物」は終わりました。Bさんは、「懐かしいなあ。」と言いながら、なんともいえない感慨深い表情をしていましたし、Cさんは目に涙を浮かべていました。

 周りでは、しんみり話しこんでいるグループもあれば、立ちあがって劇さながらにセリフを言っている人がいるグループもありました。どのグループも、かなり深い分かち合いが行われた空気が流れていました。

 ここで、裏話を一つすると、当初の企画では、「ふるさとの地図」の後は、再び普通にシェアリングをする予定でした。ところが、コンダクターは、急遽このトリオワークに切り替えたのです。
後から聞いたのですが、理由は、参加者の意欲が高く、感受性が豊かなことが初期のウォーミングアップでわかったので、思いきって創造力と表現力の発揮を伴う難易度の高いワークにさしかえたということでした。

 「私の宝物」は、「語り手」「聞き手」「観客」という役割で始まりますが、後半で「聞き手」が相手の話にそって演じて返すことから「役者」もやっていることになります。いわば、プレイバック・シアターの疑似体験です。これにより、感度の高い参加者は、より深い分かち合いを体験でき、「ストーリー」にスムーズに移行する土壌を創ったといえるでしょう。

 このように、コンダクターには、参加者がより良い状態の体験をできるように、場を見て、それにふさわしいプロセスを、まさに即興で臨機応変に組んでいくことが求められます。

(6)二つのストーリー:
 ウォーミングアアップが終わり、みんなの心と身体が十分ほぐれたところで、いよいよプレイバック・シアターのコアの部分である「ストーリー」に入っていきます。

会場の半面にみんなで椅子を動かして客席をつくり、思い思いの場所に座ります。空いた半面が舞台となって、舞台左手にはコンダクターとテラーの席をつくります。
コンダクターが着席し、運営スタッフの一人がミュージシャンとして舞台右手に置いてあった楽器の机に向かいます。残りのスタッフ3人は、アクターとして、舞台中央の奥に着席します(第1章の図1を参照)。

 「さあ、今までは、各グループの中で幼いころの大切な思い出を分かち合いました。こんどは、皆さんの大切なお話を劇で見て、みんなで分かち合いたいと思います。どなたか、こちらのテラーの席に来ていただき、私がお話を聞いていきます。聞いたお話は、あちらにいるアクターがその場で即興で演じて見せてくれます。」

 会場は固唾をのんで、静まり返っています。コンダクターは、続けます。

 「さっきのように、子供のころの話でも、最近の話でも、いつのことでも構いません。今、なんとなく思い出したこと、長年気になっているワンシーン、なんとなくあのときのことが見てみたいなあということがあれば、ぜひ、テラーの席にお越しください。何を話そうか決まっていなくても、なんとなく、今、胸の中に話してみたい気持ちがある方は、私が一緒にお手伝いしますから、どうぞ安心してお越しください。」

 すると、意外にすぐに、1人の女性がテラーの席にやってきました。普段は、あまり目立つことのないクールな印象の女性です。やや緊張した面持ちながらも、すぐに申し出てきたのには、きっと話したいことがあるのでしょう。

 「ようこそ、Dさん、テラーの席へ!何か話したいことは決まっていますか?」「はい。」

 Dさんが語ってくれた、大学生のころのアルバイトの話を見てみましょう。
20歳のころ、ケンタッキーでアルバイトをしていた私。お店では、なんかのバタバタがあったらしく、前の店長が他のメンバーを引き連れて辞めちゃって大わらわ!かなり無理なシフトも組まれて、私も結構大変なハメに。
それなのに、今度の店長は、気が利かないし、自分はあんまり働かない変なヤツ、なんかイライラするなぁ。

 このお店には、トラブルを起こす変な常連客がいて、たまにやってくる。今日も来た!
注文後、商品をそろえている間に、その客がトレイに乗せた千円札がどうやら風で飛んで床に落ちちゃったらしい。でも、私も客もまったく気づかなかったの。
商品がそろったところで、「○○円です。」と言っても、客は、「今、ここに置いただろ!」「いえ、まだ頂いていません!」お互いに気付かず言い争いに。店長、助けてよ!と振り向くと、店長は知らんぷり。何、その態度~!信じられない!

 すると、客が床に落ちていたお金に気づいて、バツが悪そうに無言でお金を出して一件落着。でも、店長にはあきれた~!

 慣れたスタッフによって、鮮やかに、コミカルに再現された舞台。観客は、拍手喝采。みんな、なんとも驚いたような、不思議なものを見たような、少し興奮したような顔をしていました。

 「Dさん、いかがでしたか?」コンダクターがテラーに尋ねると、「ええ、こんな感じでした。」とDさんは初めて笑顔を見せた。「いや、あのときは、ホント、ムカついたなあ、と思いだしました!(笑)」

 コンダクターは、御礼を言って拍手でDさんを観客席に戻します。Dさんは、清々しい表情で戻っていきました。

 時間を見ると、終了予定時刻がせまっています。

 「皆さん、もしよろしければ、ぜひ、どなたかもう1人のストーリーをやりたいと思います。少し予定時刻をオーバーしてしまいますが、よろしいでしょうか?」とコンダクターが断りを入れると、反対する人は皆無で、続行することになりました。

 もう1人のテラーを募ると、こんどは、なかなか出てきません。最前列の数名が、何か話したげにコンダクターを見ています。しかし、初めての体験だけに「どうしようか」と思案しているように見えました。

 「Eさん、どうですか?」コンダクターがある女性に提案すると、その女性は、恥ずかしそうに、でも、笑顔でしっかりした足どりでテラーの席にやってきました。

 「ようこそ、テラーの席へ!なんだかとても“もの言いたげ”な感じだったのでお声かけしてみました。何か話したいことは決まっていますか?」「はい。」Eさんはにっこり笑って答えました。笑顔がすてきな女性です。

 「こんどは、皆さんの中で、誰かアクターをやってみたい人はいませんか?スタッフも引き続きアクターをやりますから、どなたか一緒にぜひチャレンジしてみましょう。どうですか?」

 どよめく観客席から、女性1名と男性1名がアクターに加わりました。

 「プレイバック・シアターは、初めての方でも気軽にできる即興劇です。テクニックはいりません。一生懸命、誠意を込めて演じることが大切です。ぜひ思いきって演じてみましょう!」コンダクターは、そう言って、チャレンジした新たなアクター2人を励まし、テラーへのインタビューに移っていきました。

 幼稚園のころの思い出で、今でも、「あれは、なんだったんだろう?」とたまに思い出す、気になっているストーリーだそうです。Eさんのスト-リーも見てみましょう。

 幼稚園が大好きだった私。人気者のえいじ君、しっかりもののみかちゃんと3人でよく遊んでいた。

お気に入りは、鉄棒。鉄棒にぶら下がって、勢いをつけてできるだけ遠くに飛ぶことを競う遊び。いつも一番上手なのは、なんでもできちゃうえいじ君。でも、この日は、えいじ君は、調子が悪く、なかなか上手に飛べない。

逆に私は絶好調!えいじ君は、なんだかイライラして来たみたい。とうとう、私が飛ぶとき、後ろから思いっ切り私を押した。
そしたら、私は、前にのめって、鉄棒の下の水たまりにバシャーン!泥だらけの私。
でも、それよりもっと驚いたのは、私の腕が折れて、反対側に曲がっていたこと!とても痛かったのに、ばれたら、えいじ君が怒られちゃうと思うと、申し訳なくて、怖くて、一生懸命痛くないふりをした。

「大丈夫?」と言っていたみかちゃんは、お母さんが迎えに来て帰っていき、だまっていたえいじ君は、「僕も塾があるから。」と言って走って帰っちゃった。なんだかとても悲しくなった。

我慢してうちに帰り、ばれないように、外の水道で水をかぶって泥を落とす。冷たかった。
玄関に入るとお母さんがやってきて、私を見るなり、「どうしたの?」と驚いた。私が何も言わないでいると、それ以上聞かずに、ヨシヨシと頭をなでてくれた。そしたら、なんだか急に泣いちゃった。

 またまた拍手喝采。

 チャレンジしたアクターは、女性がみかちゃん役、男性がEさんのお母さん役を演じましたが、初めてとは思えない、堂々とした素晴らしい演技でした。

 「Eさん、どうでしたか?」
「はい、こんな感じでした!あのとき、自分は、なんであんなに我慢したんだろう?私って何か変なのかな?あのとき、お母さんはどう思ったんだろう?って、昔から、ずっと気になっていたんです。こうして見てみて、なんとなく、あのときの自分を前向きに受け止められたような気がします。なんだかすっきりしました。」

 ここで、コンダクターは、チャレンジした2人も含めて、5人のアクターの感想も聞きだしました。

 感想は、簡潔にまとめると、次のようなものでした。
・ えいじ君役:えいじ君は、Eさんが羨ましくて、つい押してしまったと思う。でも、とても後悔したし、腕が折れているのを見て怖くなって逃げてしまった。きっと家でも心配したり、「どうしよう!」と思ったりしたと思う。

・みかちゃん役:しっかり者だから、大変な場面でも慌てちゃダメだと思って落ち着くようにしていたと思う。表面に出さなくても、起こった出来事が結構怖くて、内心はパニックしていたのでは?

・お母さん役:事情はわからないけど、とにかく可愛い娘がケガをして心配だったと思う。叱ることはなかったと思う。

・鉄棒役:みんなに遊んでもらっているときは幸せ。でも、自分と遊んでいて女の子がケガをしちゃって、鉄棒も困ったのではないかと思う。

・Eさん役:Eさんは、えいじ君のことをとても大好きなんだな、と思った。自分のせいで誰かが怒られたりするのが嫌で、誰かのために一生懸命なところがあるんだなと感じたので、そう演じてみた。

 このように、アクターが役を演じながら感じたこと、役から降りて今感じていることを、共有すると、テラーは、客観的に見た自分のストーリーに、さらに新しい視点も加え再考する材料を得られます。実際、Eさんは、アンケートの中で、次のようなコメントを寄せていました。

 「受け止めてもらった、そして受け止めたと強く感じました。なんともいえない感動が残り、とても興奮しました。あの場を共有したメンバーのことはもう決して他人とは思えず、絆が生まれたように感じました。(中略)役者の方が真摯に演じてくださることで、とても迫力のある劇になっていました。だからこそ、じっくり見ることができ、多くのことに気づかされました。(後略)」

 「Eさん、ありがとうございました。役者の皆さん、ミュージシャンもありがとうございました。さて、それでは、今日、まだ話していない人同士で3人くらいのグループをつくりましょう。今観た二つのストーリー、そして、今晩、皆さんが体験したことについて、今、感じている気持ち、思い出したことなどを仲間でシェアリングしましょう。」

 コンダクターは、今夜のワークショップのしめくくりに向けて場をリードしていきます。

 今、目の前で起こった“即興”の劇、そしてテラーたちの満足気な表情を見ての新鮮な驚き。そして、誰かの「宝もの」になりきった貴重な体験。冒頭で初めてやったマッピングのダイナミックさ。今晩のあらゆる場面とそこで感じたことについて、みな、関を切ったように話し始めました。

 「さあ、もっと分かち合いたいところですが、どうやらお時間が来たようです。」ひとしきりたったとき、コンダクターが合図を送ります。
コンダクターは、「実に感性豊かな皆さんだったので私も本当に楽しかったです。」と自らの感想と参加者の協力への御礼を述べて、2時間を少しオーバーしたワークショップをしめくくりました。

 参加者は、少し興奮した様子で、口々に、「本当に参加して良かった!」「とても楽しかった!」と言いながら満足感に浸って帰っていきました。

 これが、私が企画した企業内で実践したワークショップの全容です。初めての試みでしたが、大成功だったと感じています。 

次の章では、この実践で得られた参加者の反応と、プレイバック・シアターがもたらした効果について、ひいては、今後の企業におけるプレイバック・シアターの可能性について論じていきます。

 ・Next 企業での実践を終えて(参加者の反応と効果)>>

目次案内
  第Ⅰ章 プレイバック・シアターとの出会い
   プレイバック・シアターとの出会い / プレイバック・シアターってどんな劇?

  第Ⅱ章 プレイバック・シアターの基礎知識
   プレイバック・シアターの成り立ち / バラエティに富んだ表現手法 / リチュアル(枠組み) / 肝心要のウォーミングアップ

  第Ⅲ章 企業における、プレイバック・シアターの実践
   実践リーダー養成プロジェクト / 実践活動の企画 / 集客活動 / 運営準備 / 当日の流れ

  第Ⅳ章 プレイバック・シアターの可能性 ~ プレイバック・シアターは企業に何を提供できるのか? ~
   企業での実践を終えて(参加者の反応と効果) / プレイバック・シアターに私が託したいこと / おわりに

  - 参考資料 -
   1.実践活動の企画書 / 2.チラシ-#1 (グリーン、片面) / 3.チラシ-#2 (ピンク、両面)
   4.実践記録 / 5.参加者用アンケートフォーム / 6.アンケート集計結果

  - 参考文献 -
   ジョー・サラ 著 『プレイバック・シアター 癒しの劇場』 (社会産業教育研究所、1997年)
   プレイバック・シアター研究所(羽地朝和、太田華子) 実践リーダー養成プロジェクト 合宿記録
   NPO法人プレイバック・シアターらしんばん アクティングコース ハンドアウト

Copyright 2006 © プレイバック・シアターらしんばん. All rights reserved.
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